Heart is filled

この世界の法則 ~循環の法則~

 

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前回の続きです。

 

私の人生が変わった、この本から

 

 

ココロを開くアイコトバ LOVE YES PEACE

 

わたしたちが生きているこの世界は、

二つの法則によって動いています。

 

一つは「循環の法則」

 

もう一つは「引力の法則」です。

 

この二つの法則に、

わたしたちの「思い」が乗って、

まわったり引き寄せたりしながら、

「思い」が現実として形になっていきます。


あなたの「思い」が、平和で、

豊かで、愛に溢れたものとなれば、

そのような現実が、

まずあなたの元へと引き寄せられます。

 

あなたの与えている「思い」が

優しくて思いやりに溢れていれば、

あなたは優しく、思いやりを

受け取ることができます。

 

あなたが現実として受け取るものは、

すべてあなた自身の「思い」の結果です。

 

引力の法則 ( 引き寄せの法則 ) は、

ご存知の方も、実際に試された方も、

たくさんいらっしゃるのではないでしょうか?

 

しかし、残念ながら多くの方が

上手に使いこなせていないようです。

その原因は、「循環の法則」を

正しく機能させていないからだと思います。

 

 

〈 循環の法則 〉

 

「循環の法則」とは、

自分の与えた 表現した )

 思いが返ってくるという法則です。

 

よく「したことが返ってくる」

とも言いますが、正確に言うと、

まわって返ってくるものは行いではなく、

その行いに込められた「思い」です。

 


例えば、あなたが親切な思いから誰かに

「その服は似合っていませんよ」

とアドバイスしたとします。

 

あなたが与えた「思い」は親切ですから、

いつか、まわりまわって

あなたには「親切な思い」が返ってきます。

 

しかし、思いには形がありませんから、

返ってくるときには、あなたがしたのと同じ

「アドバイスをもらう」という

親切で返ってこないかもしれません。

 

代わりにお金という親切で

返ってくるかもしれないし、

お手伝いとしう親切で

返ってくるかもしれません。

 

反対に、同じ「その服は

似合っていませんよ」というセリフを、

今度は意地悪な思いを込めて言ったとしたら、

あなたに返ってくるのは

意地悪な「思い」になります。

 

何をしたかではなく、

どんな思いを込めて

それをしたのかということが、

あなたが受け取るものの質を決めます。

 

道路や公共の場所にゴミを捨てる、

ということをすれば、

いつか「ゴミを捨てるようなこと」をされます。

 

それは例えば、延々と愚痴を聞かされる、

というような行いとして

返ってくるかもしれません。

 

愚痴は、こころのゴミのようなものですね。

 

道路や公共の場所にゴミを捨てるという行いと、

愚痴を言うという行いは、

一見なんの関係もないように見えますが、

どちらにも「ゴミなんて

その辺に捨てとけばいいじゃない」

というような「思い」が共通なのです。

 

このように一見わかりにくいのですが、

同じ「思い」を込めた行動が、

形を変えて、どこから、違う誰かから、

なたのもとに必ず返ってくるのです。

 

 

つまり、わたしたちがされるどんなことも、

いつかのわたし自身が与えた「思い」が、

形を変えて返ってきたという結果です。

 

これはちょっと

受け入れがたい事実かもしれません。

 

 

単純に 

 

「したことがされる」

 

と書いてある…

 


えっ?

 


えぇーーーっ!!

 

 

工エエェェ(゚Д゚)ェェエエ工

 

 

 

頭の中で、今までされて

嫌だったことが蘇りました。

 

いやいやいやいや~

私は、あの人にあんな意地悪していない!

 

八つ当たりされることはあっても、

私はしていない!

 

これは、私には

当てはまらないと思いました。 

 

私が今まで取り入れてきた考え方、

捉え方ではないので、

受け入れられないと思いながら

続きを読みました。

 

  

 

あなたが今まで無意識に

与えてる「思い」であろうと、

意識的に与えてる「思い」であろうと、

どちらにしても、それは法則に乗って

しっかりと返ってきます。

 

これは肉体が変わってもなくなりません。

 

この事実は、誰かを通して

自分が無意識に与えている「思い」

( それに伴う行いも含め ) を、

実際に自分がされることによって気づき、

やめるチャンスとして生かすことができます。

 

何か傷つくようなことや、

嫌なことをされたときというのは、実は

「あぁ、わたしもこの人のように

 相手の話を聞いてないのか。

 もうやめます」とか、

「わたしもこの人のように、

 自分だけよければいいと思って

 何かを押し付けているんだなぁ。

 もうやめます」と、

自分の見えていない自分の姿を見て、

やめるタイミングなのです。

 

もしも理不尽な理由で、

いきなり上司に怒られたとしたら、

あなたは「この人は人間がなっていない。

 

上司だったら部下の言い分をよく聞くべきだ」

などと憤慨してしまうかもしれません。

 

そして「この人はダメな人だ」

とレッテルを貼ったり、

嫌ったり、悪口を言ったり、

怒り返してしまったりするかもしれません。

 

でも、ちょっと待ってください。


循環の法則を思い出してください。

自分が与えたどんな「思い」も

いつか必ず返ってきます。

 

単純に「したことはされる

と考えてみましょう。

 

もしも、誰かのことを

ダメな人」とレッテルを貼ったら、

自分も誰かからレッテルを貼って

見られてしまいます。

 

嫌えば嫌われます。

 

悪口を言えば言われると思ってください。

 

そうされたいですか?


されたくなければ、

とりあえず相手も土俵には乗らないことです。

 

結局、この上司から理不尽に怒られる

ということを体験している以上は、

どんなに言い逃れをしようとも、

自分自身がどこかで誰かに

理不尽に怒っている、ということなのです。

 

なので、上司に態度の改善を求めても

何の効果もありません。

 

もし理不尽に怒られるという現実を

受け取りたくないなら、

無意識に与えている自分の「思い」と

それに伴う行い=「理不尽に怒る」

をやめるしかありません。

 

こころの中で

「この人と同じことをしている

 自分を解放します。やめます」

と宣言しましょう。

 

 

嫌なことから書いてしまいましたが、

循環の法則に乗って

嬉しいこともたくさん返ってきます。

 

あなたが与えたどんな「思い」も

返ってくるのですから、

親切な思いやり、

愛情は必ず返ってきます。

         


愛は人間同士だけのものではありません。

 

そういった意味では、

わたしたちは今すぐにやめるべきこと、

改善すべきことがたくさんあるとわかります。

 

戦争、動物実験、虐待、

森林の破壊、水の汚染などです。

 

それらは一秒でも早く

やめたほうがいいでしょう。


たとえば植物はいまでも

ずっと協力してくれています。

 

彼らはわたしたちの生活を

支えるために家になり、

紙になり、食べられ、薬になり、

染料となり、目を楽しませ、

こころを潤してくれています。

 

わたしたちに必要な酸素を作り、

水を蓄えてくれています。

 

彼らは、そのいのちを

差し出してくれているのです。

 

そんな彼らの「思い」に人間は、

どんな「思い」で応えてきたでしょうか?

 

自分のために協力してくれる人を

蔑ろにしているのと

同じことをしています。

 

循環の法則ですから、

わたしたち人間が

人類以外のいのちを

蔑ろにしてきた無神経な

その「思い」は返ってきます。

 

もしかしたら、あなたが

裏切られたと感じているその体験は、

あなたが人間以外のいのちに対して

与えてきた思いの結果かもしれません。

 

  

循環の法則とは

人間同士だけに

あてはまる法則

ではありません

 

 

 

これもまた、衝撃でした!!

 

循環の法則って、人だけじゃないの?

 

それまでの私は、

あまり物や自然環境などに対して、

愛なんてなかったんです。

 

植物、動物、宝石、

いのちでないと思っているような

プラスチックやガラスも、

地球から生まれてないものはなく、

地球は生きているから、

そこから生まれてもの全てに当てはまる。

 

人間以外のいのちに対して

与えている「思い」

そして「行い」も返ってくるなんて…

 頭がクラクラしました。

 

私は、これを知るまで

「何でこんなことされるんだろう」って、

いつも思って生きていました。

 

「何か前世で悪いことでもしたのかな…」

なんて思ったり。

 

でも、ここまで本を読んで、

よくよく「~された」と思うことを思い出し、

自分も誰かや何かにやってたかな?と考えると…

必ず「あぁーー、やってたぁーーー」

に行き着いたんです。

 


~されたと感じたとき、

まず考え、思い出すのは、

( 自分に何か ) やった人に対して、

その前に自分が相手に

同じことをやったかどうか

でした。

 

 

今まで「したことはされる」という考え方、

視点で、物事をみる習慣がなかったので、

この新たな思考回路が自分の中にできるまで、

私に何かした人に対して、

この人に私は何もやった覚えはないし、

むしろ気を遣って接しているくらいに

思っていたので、

私はやっていないと思ってしまうんです。

 

そして、次に考えるのが、

周りの人に自分がやったかどうか。

 

この時、頭に浮かぶ人って、

自分にとっていい人、

仲良くしている人が多いと思います。

 

自分がよく思っている人たちなわけだから、

やっぱり私はやってないとなります。

 

殆どの人が、この辺までの関係で

自分がしたことを省みて、

私は、あんなひどいことは

やっていないと結論を出すはずです。

 

 

そこをもう一歩踏み込んで考えてみます。

 

 

通勤時に会う人や

店員さんにやりませんでしたか?

 

家族にやってませんか?

 

自分が嫌いな人にやりませんでしたか?

 

物やペット、植物、

環境に対しては、どうですか?

 


私は、ここまで落としんで考えたら、

全部過去に、自分が誰かや何かに

やっていたんです!

 

 

例えば、

 

職場で上司に八つ当たりされる

      ↓

家で扉を足で蹴ったり物に

八つ当たりしていた

 

 

意味もなく朝から不機嫌な上司

      ↓

私が意味もなく家族に対して不機嫌だった

 

 

昔友達と道に止めてあった自転車を乗り捨てした

(本当にごめんなさい )

      ↓

友達と私、2人とも買ったばかりの原付を盗まれた

(2人ともってすごくない?)

 

 

職場で私だけ馬鹿にされる

      ↓

私が親や兄弟を馬鹿にしてた   等

 

 

どうでしょう?

 

客観的に自分を見つめると、

思い当たることはありませんか?

 

 

私の場合、~されたと感じることが、

これは自分がやったことだ!と

すぐに気づくときもあれば、

2、3日後に「あぁ、あれだ!」

とやったことが一致するときもありました。

 

経験上、自分が何かした人から返ってくる、

自分がやった人から仕返しされる

ということはありませんでした。

 

全然違うところから、

違う人から返ってきました。

 

だから、余計に

自分がしたことがされると聞いても、

ピンとこなかったんです。

 

 

循環の法則を知ってから

「~された」と感じたときは、

相手に対して意識を向けるのではなく、

すぐに「私も同じこと誰かにやったかな?」と

自分を省みる癖をつけました。

 

 

実は、この循環の法則を知るまで、

恥ずかしながら、

私はいい人だと思って生きていたんです。

 

それまでは “ 嫌なことばかりされる可哀想な私 

と思い込んでいました。

 

 

でも考えたら、

すべて自分が誰かや何かにやったことが

返ってきているだけ…

 

 

 

私、全然

いい人じゃないじゃ~ん  

 

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いい人じゃなかった…

いい人じゃなかった…

 

いい人だと思って生きていた自分が

恥ずかしくなりました。

 

 

私は被害者だと思っていたのに、

完全なる加害者だった

ということに気づけたんです。

 

いい人じゃなかったと気づいたと同時に、

これまで被害者という設定、

私の立ち位置が変わりました。

 

 

斎藤一人さんが、

自分は悪くないと思っている限り、

 変わらないよ』と、

お話しされていた意味が

ようやくわかりました。

  


ここまで読んで、

私にひどいことをしてきた人に対して、

自分のことは棚にあげ、

悪く思ったり言っていたことを、

心の中で謝りました。

 

あんなことするなんて💢

と思っていた人は、

単に私の行いを見せてくれていたわけです。

 

私はいい人

とんだ勘違いでした (~_~;)

 

 

 続きます。