Heart is filled

お母さん、自殺できて良かったね

 

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人生にはまさかの坂があるんだってという母に

「まさか~」って笑っていたあの頃。

 

絶対、自殺はしちゃダメ!

そう言っていた母が自殺しちゃうんだから

人生ってわからないですね。

 

母が亡くなって、

心はポッカリ穴が開いたような感じなのに、

頭の中はパンパンに詰まってました。

 

何をしていても、答えの出ないことを

ずっと考えていました。

 

なんで死んだの?

私達は必要じゃなかったの?

 

すべては母がいなくなってから、

思い出すんです。

 

そういえば、あの時様子が

おかしかったなとか。

 

母と最後に会話を交わしたのが私だたのに、

お母さんを救えなかった

お母さんのアラームに気付けなかった

もっとお母さんの手伝いをして

負担を軽くしてあげていれば

死ななかったかもしれない…

あの時、こうしていれば…

あの時…

 

母がいた頃を思い出しては、

自分を責めていました。

 

こうして自分が自分にやっていること、

この場合、私が私を責めていたので、

誰かから責められる現実がきます。

父でした。

 

自分を責めていた上に、とどめを刺すように

「お前がいいお姉ちゃんだから母さんは死んだんだ。

お前がどうしようもなければ心配で、

弟をたくせないから死ななかったはずだ。」と。

 

全部私のせいなの?

 

お父さんが女作って浮気してたからでしょ💢と

口には出しませんでしたが、心で父のせいにしていました。

お互い自分以外のせいにでもしないと

生きていられなかったんだと思います。

 

そして、頼りたい父も家に帰らなくなり、

家族の心もバラバラ。

 

今更何を言っても思っても、

母は生き返らない。

 

こんなに苦しいなら死にたいと思いましたが、

家を出る数日前の夕飯の時に、

母が言った言葉が甦りました。

 

「何かあったら弟のことお願いね。

 〇〇(弟)のことが心配なの。」って。

 

心配なら自分で面倒見ればいいじゃんって、

私は軽く流してましたが、

あの時にはもう死ぬことを決めていたんですね。

 

その言葉が私の中に残り、

親孝行できなかった分、せめて母に託されたことは

しっかりやろうと決めていたので、

弟を残して死ぬことはできませんでした。

というか、死ぬ勇気もありませんでした。

 

このまま一生十字架背負って

生きていくなんて辛すぎる。

 

周りを見ると、同年代の友人は、

お給料のいい仕事して、遊びに恋愛にと

楽しんでいました。

 

私は、母が亡くなって、

父も女性の家で暮らすようになり

弟との3人暮らし。

 

一人は暴走族に入り、カンパカンパで

金をよこせ、無免でバイク乗り回し警察沙汰、

もう一人は未成年なのに酒飲んで騒ぎ、

働いたお金は持っていかれるは、

家に帰っても休まらない上に、

私も職場の人間関係にも悩み、

母のことで自分を責め続け、

今考えるとよくやってたと思います。

 

周りが羨ましい…

みんな私より幸せそうに見えました。

なんでこんな人生なんだろう…

 

この頃、私は宗教に入っていました。

 

なんで母は自殺したんですか?

幸せになるための宗教じゃないの?

と幹部にきいたら「あなたをこの宗教につけるために

お母さんは身をもって亡くなったのよ」と

言われて、なんだよ、それって。

 

その頃から、この宗教やってても

幸せになれないと心の奥底で

気づいていたんでしょうね。

 

バシャールの本に出会ったのが、

この頃ですから。

 

無意識なのか、魂は私に合った

本当の自分に戻れるツールを求めていました。

 

何をしても頭の片隅にある自責の念、

誰かにわかってもらいたくて

当時付き合っていた彼に話すも重いと言われ…

 

この思いを共有するには、私と同じように

母親に自殺された人じゃないとダメなのかな?

でも、それを私が願って叶うってことは、

そういう悲しい人がまた一人増えるだけ…

 

時間が経てば忘れると思っていましたが、

10年経っても苦しいままでした。

 

それはなぜか。

今の自分ならわかります。

 

悲しさ、寂しさの感情を

なるべく避けて感じないようにしていました。

 

浄化ワークのように感じ切るなんてしてないから、

感情がなくならず、いつまでも私の中に

あったんです。

 

津留晃一さんのことを知り、

津留晃一さんの姪にあたる井瀧裕子さんの

個人セッションを受けに行ってから

 

ここに書きました。

 

www.kansya888.com

 

感情を感じれるワークのやり方がわかり、

母への思いや感情を手放しました。

 

中途半端にではなく、

よし、これを感じ切ろう!と

腹を決めました。

 

わんわん泣きながら、悲しみ、寂しさ、

なんで死んだのという思い、

感じすぎて頭が割れそうになること数回。

 

何日も何日もいろんな思いや感情を手放し続けると、

心が楽になっていくのがわかりました。

 

この世界は二極の世界だから、ポジティブもネガティブも

両方の感情を体験しに来ていると

津留さんが話してました。

 

ここに書きました。

 

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それまでの私は感じたくなかったんです。

あんな悲しいのはもう嫌だ

苦しいのはもう嫌だって。

 

でも、M2テクニックで自分の中にある

感じたくない感情に真っ向から向き合っていくと、

感情が小さくなっていくのを体験できました。

 

今までもM2テクニックで、

色んな思いや感情を手放してきましたが、

M2テクニックをやって手放し終わると、

自分の立ち位置が変わるというか、

物事をAという視点から見ていたのに、

感情がなくなると、いつもまにかBという視点から

見れるようになっているんです。

 

手放す前は、自殺され残された家族だったのに、

いつのまにか母の立場にいました。

 

自殺するって、相当なことだと思うんです。

 

でも母は、死にたいくらい苦しかったんですよ。

死にたい、死にたいって。

こんな状態なら死んだ方がマシだって、

自らの死を選んだわけです。

私が母の立場なら、死なせてほしいと思えました。

 

死にたい!が叶った。

母の視点から見たら、これ願望実現ですよね。

 

母は死にたいくらい苦しいことから

解放されたんだと思ったら、

思わず言ってました。

 

「お母さん、自殺できて良かったね」って。

 

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あんなに苦しんでいた自分が、

こんな風に思えるようになるなんて。

M2テクニックやる前にも想像もしませんでした。

 

今までは残された家族である私の視点で

物事を見ていました。

 

母がいないのは、

私が寂しい、

私が辛い、

私が苦しい、

私が耐えられない。

 

私がこんな感情を味わいたくないから

お母さん、生きててよって。

全部、私側からの思い。

 

でも、私が母の立場だったら、

死ねてうれしいだろうなって。

やっと死ねた~って。

 

残された家族のことを考えられるくらいなら

自殺しないですもんね。

 

死なずに肉体はあったとしても、

精神では自らを殺しているわけですから

死んでるも同然。

 

M2テクニックをやる前と違う視点から

自殺を見れるようになって、

今までグレーがかって見えていた世界が、

霧が晴れたようになって、

空ってこんなに青かったの?って。

 

木々も建物もキラキラ輝いて、

今までと別世界のように見える、

感じるようになりました。

 

このM2テクニックは、

万人向けではないと思いますが、

どんなツールを使っても、感情を感じ切ると

自分の中からなくなります。

 

悩んでいることって、悩んでいる視点ではなく

違う視点から見えるようになった時

あれ?何だったの?ってなります。

 

八方塞がりに感じる時って、

実は下と上は開いていて、

八方ではなく十方だと聞いたことがあります。

 

悩み続けて周波数低くして下に行っては

解決できないと思いますが、 

高い視点から見えれば、解決策や、

こういうことだったのかと気づけると思います。

 

視点が変わるのは、ツールを使わなくても

誰かの言葉からの気づきでも

起こると思います。

 

ヒントや答えは案外身近にあるのかも。

 

あれから何年も経った今思うことは、

私の中に絶望感、無価値観、悲しい

寂しい、必要とされてないという

周波数があったから、それを感じるために

母の自殺が起こったのかなと。

 

まさに現実があなたの中に、

そういった周波数がありますよって

教えてくれていました。

そして、それを手放しますか?って。

 

母がいなくなった頃は、

手放し方がわからなかったけど、

わかった時が私の中で手放す

タイミングだったんだと思えます。

 

そして、それらの感情を私は、

この地球で感じたかったと今なら思えます。

 

またいくら死にたいと願っても、

魂がもう肉体を脱ぐと決めない限り、

死ねないと聞いたことがあります。

 

母が死ねて肉体を脱げたということは、

魂が望んだことだと私は受け取りました。

 

もし自死遺児の方が、これを読んでいたら、

こんな感情を味わいたいなんて、

自分が望むわけがないと

怒りがわくかもしれません。

 

その気持ちよぉーーくわかります。

私もずっーーと思ってましたから。

 

でも、色々感じ切って手放していった今では、

地球でしか味わえないこのネガティブな感情を

感じにきたという方がしっくりきます。

 

きっと、タイムラグを経て

私と同じ気持ちになるはず。

 

なぜなら、あなたは過去の私だから。

 

色々感じ切った今感じるのは、

お母さん、ありがとうです。

 

そして、何より今日まで生き抜いた

私にありがとう♡

 

 

自殺編、もうちょっと続きます(^_^;)