Heart is filled

2年半の無職期間終了

 

ご訪問ありがとうございます!

ブログを通しての

ご縁に感謝します♡

 

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今年に入って、自分が今までとは全然違う

世界にいる体感があります。

 

出逢う人も今までとは変わり、

自分がいる環境も心地良いんです♬

 

私の世界は、愛と思いやりで、

笑顔が溢れているのを

毎日実感しています♡

 

今まで自分としっかり向き合って、

避けたい感情や嘆きたい状況からも

逃げずに浄化し続けて来て、

本当に良かったと実感しています。

 

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さて、前回の続きです。

 

この治療院はしょっちゅう人が辞めて、

困っているようだから、

私がお役に立てるなら、

ここに呼ばれているなら

受かるだろうという、

気軽な気持ちで応募しました。

 

そして、今度働くことになったら、

今までとは「在り方」を

変えてみようと決めていました。

 

今までは、生活の為に働いていましたが、

これからは、働くことは自分を表現すること。

 

みなさんも同じだと思いますけど、

働くのはココじゃなきゃいけない

わけじゃないですよね?

 

ココじゃなきゃダメじゃないのに、

それまでの私は、なぜか雇ってもらうことに

低姿勢というか、雇ってくださいみたいな

在り方でした。

 

私が人生の創造主で、

主人公であるあらば、

周りはエキストラなんですよ。

 

なのに、なんでこんなに

低い自分で在り続けるのか。

 

だから、これからは、

私が働いてあげるわよスタンス (笑)

これで行こうと決めました。

 

そして、親や兄弟でも実践済みの

「ちゃんと言う」を職場でもやる。

 

つまり本当の音を出す=本音で生きる。

 

更に、自分の意識が現実を創るわけだから、

この職場を借りて、意識の使い方を

実践しようと考えてました。

 

私は、自分で体験しないと気が済まないので、

意識をどう使えば創造できるのか、

意識を使って自分の望む世界を創る実践をし、

自分を表現しつつ、お給料ももらえるという。

なんともありがたいですよね。

 

本当の自分を生きる

神の記憶を取り戻す

っていっても、地球にいる限り、

肉体を持って、三次元の生活をしながら

やって行くしかないわけです。

 

関野あやこさんや並木良和さんでも、

初めのころは浄化?統合を

24時間やり続けていたという話があって、

それぐらいやってきたから今があるわけです。

 

それに比べ、私は24時間やれないので(笑)

コツコツ目の前に来たことを、

外していくしかないんです。

 

目の前に起こっていることを見て、

自分が持っている周波数がわかったり、

こんな観念があると気づけるのですが、

働かず、誰とも接点がないと、

気づくことが格段と減りました。

 

私の中に手放すものが

無くなったわけじゃないのに、

周りとの関りがないから、

他人を通して自分を知る機会も減り、

神に戻る旅が停滞している

かのようにも感じていました。

 

そういう意味でも、100万が入らず、

働いて、色んな人と関わるようになったことは、

私の浄化が進むことに繋がりました。

 

その通り、また自分の姿を

見せられる機会がありましたから (笑)

 

でも、その反面、

「好きなことで食べていく」

これを実証できなかったことの

残念さを抱いていました。

 

私には無理なんだ、できないんだ…

 

この時「好きなことで

食べて行かなければいけない」

という新たな観念をつくり、

自分を苦しめていることに

気づいていませんでした。

 

それが実現できない自分はダメなんだと

ガッカリ感が消えずにいました。

 

そうはいっても、好きなことが

わからないんだから仕方がない。

 

こんな感じなら働いてもいいかなぁ

と思う条件が浮かび、

その条件通りのとこが見つかって、

ご縁ができたんだから、

これが今やりたいことなんだと受け入れました。

 

そうそう、この面接に行くとき、

私は遅刻をしたんです。

 

3分ぐらい遅れると思ったのですが、

きっと3分遅れた方が、

ちょうどいいんだろうなと思っていくと、

案の定、院長が患者さんと電話中で、

私が席に座ったタイミングで電話が終わりました。

やっぱりちょうど。

 

院長は、私に遅刻は多めにみますと言ってましたが、

私からすれば、別にココじゃなくてもいので、

あぁ、そうですかみたいな感じでスルー (笑)

 

あくまでも、私が働いてあげてもよくってよ、

という在り方ですから。

 

面接も終わり、数日後、

連絡がきて採用となりました。

 

この時の応募、30人いたらしいです。

30人の中から、遅刻した、

偉そうな私が選ばれるという (笑)

もうココに呼ばれた以外考えられないですよね。

 

院長には、面接前の電話のやりとりの段階で、

あなたに決めていたと言われました。

 

私は転職が多いのですが、

電話の印象で決めたと言われることがあります。

 

社会人一年目で、すごく厳しい上司の元で働き、

顔が見えない電話では、3倍ぐらいのテンションで

そして、目の前にその人がいると思って

話しなさいと厳しく指導して頂いたお蔭です。

 

新人の時は、同期は優しい上司の元働いていたので、

なんで私だけと嘆いていましたが、

後々になってみたら、

あの厳しさがあったからこそ、

こうして転職しても電話の段階で採用がもらえ、

社会人としての基礎をしっかり

教えてもらったから今があると、

今ではその上司に感謝しかありません。

 

その上司の元を去るとき言われました。

「どこに行っても通用する人材になるように

 あなたを厳しく指導しました。 

 あなたと一緒に働けて、一番楽しかった。

 ありがとう。」と。

 

これ、浄化ワークやった今だとわかるんです。

 

上司の話として挙げていますが、

親も同じなんです。

 

私達は、何でも言うことを聞いてくれて、

甘えさせてくれるのが愛情だと

思っちゃうじゃないですか?

 

それは幼い子供の視点で、大人の視点からすれば、

この子がこれから社会に出て、

大変な思いをしなくていいように厳しく育てる、

これも愛なんですよ。

 

親だって、自分が万が一死んでも

この子が困らないようにと思って、

厳しく育てていることもある。

甘やかすことだけが愛じゃないんです。

 

 

私が幼い時、祖母に預けられ、

母は仕事に行ってました。

 

なんで私を置いていくの😢

と寂しく思っていましたが、

お金を稼いで、私にいい思いをさせてあげたい

と思っていたかもしれない。

これも母の愛なんですよね。

 

でも、幼い私の視点では、いつもそばにいて欲しい、

いてくれるのが親の愛だという捉え方なので、

その視点には気づけないんですよ。

 

で、私を置いていく母は、

私を愛してないんだと思ってしまう。

 

浄化ワークをやっていくうち、

色んな錯覚が取れていく中で、

厳しさも愛なんだと気づきました。

 

上司の厳しさも、親の厳しさも

どちらも愛なんですよね。

 

話がそれましたね (^_^;)

 

ということで、トータル2年半働かず、

更に100万オーダーしてけど今度は叶わず、

特にやりたいことが見つからなくて

毎日に飽き飽きして、働かないでいることすら

つまらないと感じていた私の生活が、

ここで一旦終了となりました。

 

自分を表現する

望む世界を創る

本当の音を出す(本音で生きる)

 

これを実践することが始まりました。